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自転車旅人たちのバイブル的一冊 紀行漫画『サイクル野郎』 | Cyclist - Cyclist(サイクリスト)

 Cyclist執筆陣を中心に、サイクリストにおすすめ図書を紹介する本企画。今回、モデル兼トラベルライター兼スポーツトレーナーの山下晃和さんがオススメする1冊は、1970年代に少年キングという雑誌に連載された超人気マンガ『サイクル野郎』です。作者・庄司としおさんが描く日本一周自転車旅行の紀行漫画であり、その当時、「自転車旅のバイブル」ともいわれ、多くの旅サイクリストに影響を与えた一冊だそうです。

自転車旅の達人、山下晃和さんのバイブル的1冊漫画『サイクル野郎』(少年画報社刊)。バッグに「日本一周」の文字が描かれている、この巻のカバーが山下さんのお気に入りだそう 出典:『サイクル野郎』

その当時の自転車旅について知りたかった

 『サイクル野郎』は昭和40年代から50年代にかけて少年画報社の『少年キング』という漫画雑誌に連載され、全37巻の単行本となって世間に誕生した。私が生まれたのが1980年だから、その存在を知る機会はなかなかないはずの漫画だった。

 本作品を知ったのは、今から10年前ほど前。 とある自転車雑誌で連載ページを持つことになり、それまでモデルをメインの仕事としてきたため、洋服を着るファッションページと、旅先でのリアルなツーリングを重ねたファッション&ツーリング記事を数年間書かせていただくことになった。その時に、色々と調べ物をしていたところに同作品と出会った。

 当時は自転車に関してほぼ無知だったので、ツーリングを題材にしたこのマンガは絶対に参考になると思った。どこかの漫画喫茶か図書館に置いてないものかと探したが、現物を見つけることはできなかった。

 それからしばらく経ち、昨年『伊豆大島御神火ライド』のプレイベントとしてキャンプと自転車、キャンプギアについてのトークショーを行うことになり、話のタネにと思って再度調べてみたところ、インターネット上や、電子書籍『Doly』(ドリー)や、オンデマンド出版(受注してから製本される)で復刊されており、読むことができた。思いもよらず、長年の夢が叶ったわけだ。

3人のメインキャラクターが日本一周の旅に出る

 この作品は、絵のタッチが昭和な感じなので、おそらく現在の50代から60代の人が見ると懐かしいと思うのだろう。私の年代は『キン肉マン』や『ドラゴンボール』といった筋骨隆々としたヒーロー物系(?)や戦闘系が流行っていたため、ひと世代ジェネレーションギャップがあるような気はする。とはいえ、古くささや読みにくさは無く、興味のある内容でもあったため、あっという間に読破してしまった。

この時代に自転車の環境的に良いことや社会的な認知についても分かる一面もあったので 驚いた 出典:『サイクル野郎

 主人公である丸井輪太郎(まるいりんたろう)が旅行用の自転車、ランドナー(フェニックス号)に1つの大型フロントバッグと、4つの大型サイドバッグを付けて日本一周をする旅ストーリーだ。

 おそらく、その当時はクロモリの自転車でロードレースをしていて、ツーリングに行くにはランドナーというスタイルしか選択肢がなかったのだと思う。MTBのことも少しは描かれていたが、カーボンのロードバイクはほとんど出てこない。

 輪太郎は、東京にある丸井自転車店の後継ぎ息子であり、その店を継ぐための武者修行をするために旅立つ。高校受験に失敗し、見聞を広めるためであったと思うが心構えは旅を進めていくうちに固まってくる。時に旅先でアルバイトをして旅資金を稼ぎ、居候をして、約2年間も自転車旅をするというもの。

 その間、たまたま出会った女の子の登場人物とのロマンスがあったり、生命の危機にさらされるような大事件を乗り越えたり、現実ではありえないような苦難の末、長旅を成し遂げるであろう沖縄県に渡ったところで話は終わる。その後、無事に東京に戻れたのかは描いていないが想像に難くない。

 他にも、同時期に一緒に走り出し、つかず離れず日本一周を目指す幼なじみの友人である矢野陣太郎や、途中出会う秋田出身の日高剣吾(ニックネームはなまはげ)などがメインのキャラクターとして登場する。それ以外にも、たくさんのサイクリスト、旅先で助けてくれる人物も非常に個性的だ。なので、登場人物は数えられないほど多い。2年間も旅をすれば当たり前かもしれないが。

リアルに描かれた日本の景勝地や風土は旅をしたような錯覚に

 印象的なのは、旅の描写が生々しいこと。その当時に主要道路となっている国道のこと、交通量の情報、途中に寄る景勝地や小さな集落、歴史ある地元のお祭りや風習などが鮮明に描かれている。

野付半島の看板と道を走るシーンなどは自転車乗りならずとも、旅心を掴んでいる 出典:『サイクル野郎

 またその土地土地の方言もなんとなく入っているように思う。そういった自転車旅でしか得られないであろう知識がマンガを通して学べるのもいい。

 設定では2年間の旅とはいえ、実際には8年間連載されたようで、その間きちんと四季があり、寒い時期、暑い時期、雨の日も晴れの日もある。サイクリストであれば、体験する苦しいところがきちんと表現されているところも感情移入しやすいのかもしれない。

 そんなリアリティがある部分と、なかなかありえないような事件(例えば崖から落ちそうになったり、失明しそうになるところなど)が起きるフィクションの部分とが、とてもバランスよく並べられているため、どんどん物語に引き込まれていく。

ネイティブアメリカンのシャイアンとの決闘シーンでは自転車に乗るテクニックなども描かれている 出典:『サイクル野郎』
最後には、崖から落ちるライバルを輪太郎が助けるという一面にほっこりする 出典:『サイクル野郎』

当時のキャンプの道具類もきちんと描かれている

 また、輪太郎と陣太郎は宿泊にはユースホステルを使うのが1番好きなようだが、たまにキャンプをすることもある。マンガの中には、そういった自転車旅に持っていった道具類もきちんと描かれているので、その当時のサイクリストはこれをバイブルと呼んだのだろうと推測する。

輪太郎の携行品。現在は大概スマホ1つで代替できてしまう機能も多い 出典:『サイクル野郎』

 全体からするとキャンプシーンは決して多くはないが、ベッドや布団で寝た時のありがたみが時々セリフにあるのも共感できる。キャンプで寝泊りの経験したことがあると、より一層感じ入る部分だろう。私も自転車で何カ国も転々と旅していたときは、安心安全なゲストハウスのベッドに寝られるだけで幸せを感じたものだ。

輪太郎や陣太郎の成長も垣間見れるのが面白い

 旅を進めていく過程で、輪太郎と陣太郎は一緒に走ることもあれば、ケンカをすることもあり、納得しながらお互い違うルートで走ることもあった。

 そういったイザコザも旅の後半になると成長も見られ、許容し合ったり、お互いの悪いところだけでなく、良いところに気づくことも。非常に困難なトラブルに対しても乗り越えていく術も身に付け、逞しくなっていくところもまたリアルなのだ。

日本アドベンチャーサイクリストクラブの代表、池本元光氏も登場 出典:『サイクル野郎』

 2人とも出発時はまだ16歳と子供だが、大人びた考えを持っていたり、その時々の心の変化だったり、将来の葛藤なども表現されているので、もし私が10代や20代であれば、これを読み終わった後に日本一周に旅に出ていったに違いない。

 輪太郎本人は、世界旅には興味がないとセリフで吐きつつも、内心興味がありそうな雰囲気もあり、現在私が所属しているJACC(日本アドベンチャーサイクリストクラブ)の代表である池本元光氏もこのマンガ内に登場し、世界一周サイクリストとしてリスペクトしている。

 仮に、続編の海外旅編が出たとしたら、私は間違いなく買うだろう。

山下晃和山下晃和(やました・あきかず)

タイクーンモデルエージェンシー所属。雑誌、広告、WEB、CMなどのモデルをメインに、トラベルライターとしても活動する。「GARVY」(実業之日本社)などで連載ページを持つ。日本アドベンチャーサイクリストクラブ(JACC)評議員でもあり、東南アジア8カ国、中南米11カ国を自転車で駆けた旅サイクリスト。その旅日記をもとにした著書『自転車ロングツーリング入門』(実業之日本社)がある。趣味は、登山、オートバイ、インドカレーの食べ歩き。ウェブサイトはwww.akikazoo.net

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